最近の移植事情(理事長 大久保通方)2011/01

 法施行後1ヶ月も経たず改正法下で尊いご意思による脳死下臓器提供がありました。その後も一例を除き全て提供意思を示す書面がなく家族同意でご提供いただきました。この方々は旧法制下では脳死下臓器提供が出来ませんでした。私たちは、旧法制下では臓器提供したいと望んでいる方の意思が活かされていないと訴え続けていましたが、この結果がそのことを端的に表していると思います。この13年間で臓器提供、臓器移植に対する考え方も大きく変化しました。脳死下臓器提供についていえば、提供したい人の割合が提供したくない人の割合を上回り、毎回その差は広がっています。主な提供者となられる可能性のある20代から50代では、50%を超えています。海外でもほぼ6割から7割の人が臓器提供に賛成しています。恐らくこの傾向はまだ続き、数年後には欧米とほぼ同じ水準まで達すると思われます。

 まだ法施行後5ヶ月で早すぎるかも知れませんが、ここまでの臓器提供の状況を総括し、今後に向けて考えてみたいと思います。まず提供数ですが法施行後この8月からの5ヶ月は、脳死下29例、心停止下32例、合計61例でした。2005年以来の5年間の5ヶ月の総提供数は平均40例、最多は2006年の46例でした。則ち全体の数では約50%増、過去最多の2006年と比較しても33%増えています。そしてこの12月も9例の脳死下臓器提供がありました。平均で月5例を超える脳死下臓器提供があったことになります。これは爆発的に増えているわけではありませんが確実に増加傾向にあると言えます。改正法施行後は、しばらく提供施設名の公表もなく、なかなか提供家族の肉声が聞こえてきませんでした。しかし徐々に提供施設名も公表されるようになり、提供家族の談話も発表されるようになりました。提供に同意した理由として、「愛する家族の身体の一部でも生き続けて欲しい」「提供者は、思いやりがあり、きっと提供することを喜んでくれるだろ」「提供者は社会の役に立つことを喜んでくれるだろう」など前向きのコメントを述べていました。

 私個人の感想ですが、社会全般の臓器提供、臓器移植への理解は、相当進んでいるのではないでしょうか。一昨年臓器移植法改正へ向け私たちは本当の生命を掛けて戦いました。しかしそれに反対する勢力も同じように必死で応戦しました。そしてメディアは、反改正ともとれる記事、それどころか法改正反対のキャンペーンすら張ったメデイアもありました。脳死と脳障害を同一視した長期脳死キャンペーンもそうでした。「脳死は人の死でない」「脳死になっても死んでいない」あれだけ脳死、臓器移植に対するネガティブキャンペーンは、予想を超えていました。それにも係わらず多くの国会議員は、私たちの正しい情報に耳を傾け、私たちの訴えを聞き、臓器提供の必要性を認め改正法を成立してくれました。しかし国民全般があのネガティブキャンペーンに引きずられ脳死、臓器移植を否定するのではないかと心配していました。しかしその予想は見事に外れました。確かに私たちは、心停止下提供のうち半数くらいは脳死下臓器提供に移行すると予想ましたが、それが施行後すぐに起こりそして数も増加するとは考えていませんでした。

 国民の多くは昨年のこれらの報道に影響されることなく「脳死を人の死」と受け入れ脳死下の臓器提供に理解を示してくれていたのです。私たちは本年の臓器提供数の目標を脳死下90例、心停止下110例の合計200例としていますが、これも充分達成可能とも思われます。今回、国民の意識が変化しつつあることが感じられましたが、未だに大きな阻害要因となっているのは提供施設側の意識と体制であると思われる。法施行後の情報開示の中で殆ど発表されていないのが臓器提供に至った経緯です。ご家族から申し出たといくつかは発表されていますが、提供施設が選択時の提示をしたのか、提供の切掛けとなったのは、どの様なことなのかが殆ど分かりません。これは推測ではありますが、法施行後の家族同意でのここまで29例のうちの殆どが家族の申しでだったのではないでしょうか。

 今回のガイドラインでは、提供病院側の責任が大きくなりました。まず一つこれまでは「主治医が臨床的脳死と判断した時、家族等の脳死についての理解の状況等を踏まえ臓器提供に関して意思表示カードの所持等、本人が何らかの意思表示を行なっていたかについて把握するよう努めること」なっていましたが、改正されたガイドラインでは「脳死とされ得る状態にあると判断した場合以後において、家族等の脳死についての理解の状況等を踏まえ、臓器提供の機会があることを及び承諾に係る手続き際して主治医以外の者(コーディネーター)による説明があることを口頭又は書面により告げること」となりました。則ち罰則規定はありませんが選択肢提示が義務化されました。もう一つは、児童虐待の排除です。児童(18歳未満)からの臓器提供を行うには、(1)虐待防止委員会などの院内体制整備、(2)児童虐待の対応に関するマニュアル等の整備、そしてこの二つの体制に加え行う前には、倫理委員会等による手続きの確認が必要となります。加えて虐待の有無の確認も提供施設側の責任になりました。

 この様に提供施設には、大きな責任と義務が生じました。しかし小児の提供も認められ5類型となり提供可能施設は増加しましたが、その多くがこれらを行う体制がとれていないのが実情です。ただガイドラインを制定しても、それを実行するためには、人的支援、資金的支援、制度、システムの支援など、様々な支援が必要と思います。

 人的支援では、今も行われてはいますがメディカルコンサルタントの派遣、充分な経験を積んだ医師をボランティアでなく確保し、常に支援できる体制。現在でも脳波の支援チームはありますが、これをもう少し広げ脳死判定支援チームの派遣、これもボランティアでなく確保することが必要です。

 資金的支援ですが、これは今年春の診療報酬改定とその配分によって脳死下の臓器提供を行った場合は、概ね250万円程度が提供施設に入るようになりましたし、マスコミ対応の費用としてネットワークからも助成金が下りますので、総額としては、大きく不足はしていないと思います。ただ院内での配分については担当した科にある程度廻るルールがあると良いと思います。

 制度、システムの支援ですが、選択肢提示に関して救急や脳外科の先生方の負担が少なくなる方策として、院内コーディネーターなど病院全体でこの臓器提供に取り組む体制を作ることが必要だと思います。また口頭での選択肢提示が難しいと思われる場合は、パンフレット等の書面を使って選択肢提示をすることにより主治医の負担軽減に繋がると思います。今では福岡県で始まった県作成のパンフレットが少しずつ広がりつつありますが、やはり厚生労働省が率先して作る必要があると思います。各都道府県で作るパンフレットに厚生労働省の名が入ることで患者家族は、安心感を持つと思います。これからの普及啓発により、国民全般がもっと臓器提供への理解を深め、意識の変化がはっきりと分かるようになることも重要です。社会が変化するとそれに合わせて病院も医師、医療者も変り、臓器提供、臓器移植に係る抵抗感も減り、より積極的に院内体制整備に取り組み、選択肢提示も増加すると思われます。

 これからは再生医療だいと言う人もいます、国会審議の中においてもその様に言う国会議員もいました。しかし再生医療で臓器を作り出し、それが何年も持ち続けることが出来るまでには、私は30年経ってもできないと思います。則ち臓器不全治療の主流は、少なくとも今世紀の半ばまで移植医療しかありません。

 我国の移植医療は、漸くスタートラインに立ったに過ぎません。しかしこの10年で確実に国民の意識も変ってきました。だからと言って今年劇的に変わることもないとは思いますが、確実に進んでいることは確かです。やはりこの数年間は、とても大切な時期です。ここで我国の臓器移植を飛躍の軌道に乗せることが出来れば、本当に日本の移植医療時代を築くことができると思います。そのために私もまた私たちの仲間も精一杯頑張って参ります。

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